【最後の宰相、田中角栄⑩】「オール霞が関で行こうじゃないか」。こうして『日本列島改造論』は生まれた

発行部数91万部となった大ベストセラー、田中角栄の著書『日本列島改造論』。
土地の乱開発の呼び水となり、インフレを助長させた――。そんなふうに評価する人も多く必ずしも評判はよくありませんよね。でも本当は角栄が政治家として携わってきた国土開発の知識と、当時、角栄が大臣を務めていた通産省をはじめ建設省や大蔵省など「オール霞が関」が全面協力して誕生した政策本という側面を見落としてはなりません。「角栄がやるなら」と官僚たちが詳細なデータを持ち寄り分析を重ねた内容の濃い本なのです。そこには世の中に出るまでには様々なドラマがありました。ご紹介させてください。

このブログでは次のポイントをまとめました。

●日米繊維交渉を電撃的に解決した角栄が『日本列島改造論』をまとめようと考えたわけ。
●角栄に協力したのは誰か。
●『日本列島改造論』が出たタイミングに意味はあるのか。

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1、日米繊維交渉が決着、「次は何をする?」

1971年10月、通産大臣として日米繊維問題を決着させた角栄。日本と米国との貿易摩擦は裏で沖縄返還とつながっていて、その処理を誤れば大きく国益を損なうところでした。角栄はその懸案をたった3か月でさっさと、ケリをつけました。その行動力には周囲もアッと言いました。総理だった佐藤栄作にも貸しをつくった形となります。「そろそろとテッペンを取りに行く」。そんな思いが角栄に沸き起こってきたのは間違いありません。そこで出てきたのが、自分の政治家としてのビジョンをきちんと形にしてしめそう、という思いでした。『日本列島改造論』が動き始めます。

2、「政治家として集大成をつくりたい」

 日米繊維交渉という大きな懸案を処理した後、角栄は秘書官を呼びます。

「俺は政治家になって以降、一貫して国土開発の問題に取り組んできた。(以前、俺が中心になってまとめた)都市政策大綱は経験や知識に裏打ちされたもの。通産大臣になり工業の再配置の問題の勉強もかなりやった。その辺のことをまとめ、集大成にして一冊の本にまとめてみたい。手伝ってくれるか」

 秘書官だった通産官僚の小長啓一氏は「もちろんです。大臣がおっしゃるならやらせていだきます」と二つ返事だったといいます。

3、秘書官、動く。

ここで小長氏は考えます。

角栄がやるのなら都市づくりの技術論ではつまらない。郵政大臣、大蔵大臣、そして通産大臣を歴任してきた角栄がつくる本、しかも政治家としての集大成だとすると、日本という国全体を俯瞰したもの。そのスケールのものをつくらないと角栄の本ではない。

やるとなれば簡単ではありませんでした。小長氏は通産官僚という立場です。所管する範囲には限界があります。日本全体を議論するなら他の省庁の所管領域にも入っていかなければならない。他省庁の協力がなければとてもやりきれませんでした。

どうするか--。角栄には「もちろんやります」と答えてしまっています。引くに引けない。まずは動いてみるしかありません。しかし、実際に動いてみると結果は拍子抜けするほど簡単でした。

4、「角さんが集大成をやると言っています」

「角さんが都市政策大綱を肉付けして国土開発の集大成をやると言っているんです」

そういうと相手はみんなこうでした。

「そうか、角さんがやるのか。角さんがやるならうちは全面協力させてもらいます」

相手は官房長や局長クラス。みんながみんな全面協力を約束してくれたのでした。

角栄がいかに人心の掌握に長けていたかが、よく分かりますよね。ただ、角栄は単に自己実現のために官僚を使おうとしていたのではありません。「自分が理想とする国づくりのために一緒に働いてくれないか」という態度で官僚に接していました。

5、官僚好きだった角栄

ですから角栄が若い頃から課長補佐クラスの若手官僚を中心とした勉強会もよく開いていていました。たくさんの官僚が参加してくれたといいます。角栄は官僚を頼りにしていましたし、とにかく官僚が好きだったのですね。官僚の入省年次や出身地はもちろん奥さんや子供の誕生日まで頭に入っていて「今日は奥さんの誕生日だから早く帰れ」と言ったなどという話は有名ですが、それは単に官僚をうまく操縦するというよりは、強い関心を持っていたことの証拠なんですね。

ですから角栄が「国土開発の集大成をつくる」と言い出した時も、官僚たちは即座に全面協力を約束してくれたのでした。官僚たちもまた角栄を好きでした。

6、「次は福田くん、君はその次だ」

『日本列島改造論』をみる時に考えてみたいのが、タイミングです。角栄が「国土開発の集大成をやる」といったこのタイミング、いったいどういうタイミングだったのでしょうか。

ずばり次の首相の座を狙っているタイミングでした。角栄が日米繊維交渉をうまくまとめたこともあり、沖縄返還は実現しました。当時の総理だった佐藤栄作の花道は、これでうまく整ったわけです。

佐藤栄作は次の首相を福田武夫と考えていました。角栄もそれを知っていました。佐藤は自分の派閥の総裁候補を福田に一本化しようと躍起になっていました。

「自分の次は福田くん。君はまだ若いんだし、一回待って福田くんの次に。その順番で頼む」

これが佐藤栄作の肚でした。

7、総理候補としてプライドをかけた『日本列島改造論』

明日のことすら政治の世界で順番なんか、あったものではありません。「次は俺だ。福田ではない。機は熟している」。角栄は明確に次を狙っていました。

『日本列島改造論』とはそんなタイミングで角栄が着想し、とりかかった著書なのです。自分は総理としてこれをやる。こうして日本を立ち上げる。そんなビジョンを語った本なのです。「これはやるから次は俺だ」。そんな心意気が込められているのです。

世の中には地上げのための本、新たな利権をつくるために書いた、など批判が多いのは確かです。インフレを助長した側面も確かにあるかもしれません。しかし、角栄自身にもともとその狙いがあったかといえば、それはありませんでした。

あくまでも総理候補として、プライドをかけた本だったのです。

ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。91万部の大ベストセラー、単に一人のゴーストライターが鉛筆をなめて書き上げた本とは違い、角栄とそれをとりまく官僚たちがプライドをかけて作り上げた本だったのですね。

●『日本列島改造論』には角栄とトップ官僚たちの日本に対する思いが凝縮されている。
●「総理になれば俺はこれをやる」という政策本でもあった。

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著者情報

ニックネームはハチマキめがね 。下水道の清掃員、マンホールから地下にもぐり数百匹のゴキブリとウンチまみれのドブねずみと対決→生鮮市場 でサンマやイワシなど小魚を売る。毎日、ギャング集団のマグロチームに追い立てられ少し弱り気味、、、。そんな中、日頃気になる話題を独自の切り口で語ってみました。「満月」のように太陽の光を浴びて夜道を照らすような存在でありたいと思います。よろしくお願いします!

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