【最後の宰相、田中角栄⑪】 『日本列島改造論』。日本から悲しい家庭をなくせ。政治信条を煮詰めた

「君にとって、雪はロマンの世界だよな」。田中角栄の秘書官は、こう言われたことがあります。
その秘書官は最初、その言葉の意味が分かりませんでした。後になって分かります。角栄は「雪の本当の辛さを君は知らない。雪見酒くらいのことだろう。でも、豪雪地帯に生まれた自分にとって雪は生活との闘いなんだよ」と言いたかったのです。冬になると仕事がなくなり父親は東京に出稼ぎに行く。角栄はそんな地方の悲しみを無くすのが自分の政治家としての仕事だと角栄は考えていました。それを形にしたのが著書『日本列島改造論』だったのです。91万部を超える大ベストセラーに込めた角栄の思いを辿ってみましょう。かなり感動的なお話ですよ。是非、ご覧ください。

このブログは以下のポイントでまとめています。

●『日本列島改造論』は地上げのバイブルだったのか。
●意外に濃い『日本列島改造論』の中身とは。
●『日本列島改造論』で角栄は何を実現しようとしていたのか。

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1、「三国峠を切り崩す」

角栄の『日本列島改造論』の起点となる演説があります。最初に紹介させていただきますね。それはこうでした。

「みなさーん。この新潟と群馬の境にある三国峠を切り崩してしまう。そうすれば、日本海の季節風は太平洋側に抜けて、越後に雪は降らなくなる。みんなが大雪に苦しむことはなくなるのであります。ナニ、切り崩した土は日本海に持っていく。埋め立てて佐渡を陸つづきにさせてしまえばいいのであります」

どうですか。この荒唐無稽な話。「土建屋あがりの政治家の乱開発の話じゃないか。本気で聞くに値しないよ」。そう思われる方も多いかもしれません。でも角栄は半分、本気でした。それくらい苦しんでいたのです。

2、身に染みた農村の悲しみ

角栄を苦しめていたのは出身地新潟の冬の寂しく辛い生活でした。角栄が生まれたのは新潟県の西山町。日本の農村の原風景ともいえる山あいの村です。

 西山町の仕事は大半が農業か林業。冬になると猛烈な雪で仕事にはなりません。仕事がなければ収入もなくなる。西山町にはそれほど広い農地はなく、冬の間、何もしなくてもいいほどの収穫はありません。家族を食べさせるために一家の主は東京に出稼ぎに行くのでした。

つらく、寂しく、貧しい冬――。それは日本のどの農村でもみられる風景でした。同じ日本人でありながら、都会と農村でこれほどの格差があっていいのか。これを均(なら)して、平等に国民が暮らせる社会をつくる。それが角栄の政治理念だったのです。『日本列島改造論』に角栄はその思いを込めました。

3、『日本列島改造論』の土台は「都市政策大綱」

角栄は政治家になり33本の議員立法を成し遂げました。これは過去最高の数字です。司法試験も合格していない。小学校卒で高等教育も受けていない。しかし、角栄はとんでもない努力家であり勉強家でした。六法全書を丸暗記していたとも言われます。

その角栄がもう一つ懸命に学んだのが、都市政策でした。自民党議員を集め角栄が中心になってまとめた「都市政策大綱」は当時の霞が関の英知を集結させたと言われたほどでした。それほどのレベルのものを角栄はつくりました。『日本列島改造論』はこの「都市政策大綱」が土台となっています。

4、リニアモーターカーを先取り。「今の鉄道は限界だ」

 『日本列島改造論』の骨格は工業再配置と交通網の整備でした。新幹線と高速道路という交通網を整備し、都市機能を地方に分散させていく、それにより国土を均衡に開発して発展させていくという考え方です。

 とりわけ新幹線整備には力を入れていて、9000キロメートルの新幹線を整備して、「日本列島の主要地域を1日でつなぐ。日本列島の主要地域を1日行動圏にする」ことを目標にしていました。今、話題になっているリニアモーターカーの実用化も盛り込んでいて、「リニア方式での第二東海道新幹線」の整備も提唱していました。

びっくりしますよね。

新幹線は「車両とレールに頼る今の鉄道では時速300キロメートル程度のスピードが物理的な限界」と指摘していますから、よく研究されています。

5、赤鉛筆をとり自分でグイグイ線を引いた

 『日本列島改造論』は地上げのためのバイブル、とよく批判されますが、適当に新幹線を整備しまくれ、と角栄が言ったわけではありません。むしろ自分で赤鉛筆をもち線を引いていきました。角栄は日本の地形や地質もよく理解していて「この辺の海は浅いからな。新幹線でも行けるんだ」「ここの山は地質が硬い。トンネルを掘るにはコストがかかるが、安全面は大丈夫だ」といった調子で、ぐいぐい赤線を引いていったといいます。角栄は1940年代に田中土建工業という会社を創業していて社長にもなっています。土木や建築の知識は相当あったのです。

6、骨格は鉄道、肉付けは高速道路とインターチェンジ

鉄道網で日本列島の背骨をつくったあとは肉付けです。それは高速道路でやろうと考えていました。ポイントはインターチェンジです。インターチェンジは「線」と「面」の結節点。そこに流通基地をつくり工業団地をつくる。人も集まりやすい。そうなれば20万人規模の中核都市が日本に均等に配置できる。実現できれば、企業は安価な労働力を確保できますし、人は働き口を得ます。企業は国際競争力を手に入れられますし、地方の人は出稼ぎにいく必要もなくなります。名案ですよね。

7、都市は高層化しろ

都心部の再開発にも興味深い案を提唱しています。高層化です。今では時流に乗っているタワーマンションや高層ビルを駆使して東京や大阪を再開発するというのです。そのためにユニークなのは低層の建物を規制する。建築物の高層化をグイグイ進めて、そこは公園や避難場所として整備を進める。どうですか。令和の時代を先取りしているとは思われませんでしょか。時代の流行となっている「SDGs(持続可能な開発目標)」をすでにこの時に、言い当ててますよね。この構想力、さすが角栄といったところではないでしょうか。

8、まとめ

 『日本列島改造論』は角栄が総理になったあと、急激なインフレに見舞われ、角栄がロッキード事件で失脚してしまったことから事実上、立ち消えとなります。土地の乱開発と混同されてしまい、長らく批判の対象となってきましたが、その有用性については最近、見直されつつあります。2023年には復刻版も出されています。

時代を先取りしすぎていたのかもしれません。もし、角栄の時代がもう少し長く続いていたら日本の都市開発はもっと早く進んでいたかもしれませんし、角栄が言うように地方に中核都市が点在するような国土開発ができていれば日本企業の海外流出や、国力の低下、度を過ぎた円安といった問題も避けられていたかもしれませんね。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。以下、まとめとなります。

●『日本列島改造論』は角栄が実現したかった国民がみんな幸せになる国の処方箋
●リニアモーターカーまで先取りした濃い内容
●令和の時代まで『日本列島改造論』は、読み込んでいた。

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著者情報

ニックネームはハチマキめがね 。下水道の清掃員、マンホールから地下にもぐり数百匹のゴキブリとウンチまみれのドブねずみと対決→生鮮市場 でサンマやイワシなど小魚を売る。毎日、ギャング集団のマグロチームに追い立てられ少し弱り気味、、、。そんな中、日頃気になる話題を独自の切り口で語ってみました。「満月」のように太陽の光を浴びて夜道を照らすような存在でありたいと思います。よろしくお願いします!

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