JALと言えば日本のフラッグキャリア。ビジネス業界では憧れをもっている方も多い名門企業です。そのJALの社長に4月1日、女性で客室乗務員(CA)出身が就任することになりました。2010年、経営が行き詰まり会社更生法の適用を申請、京セラ創業者である稲盛和夫氏を経営トップの名誉会長に招いて一から出直し再生を果たしたJALを束ねる新社長には稲盛氏から出された3つの宿題があります。課題に取り組む新社長はどんな人?その宿題をクリアできるの?考えてみたいと思います。
●新社長ってどんな人?学歴、出身地
●稲盛氏からの3つの宿題(永田町、霞が関との距離、現場目線の効率化、成長路線の構築)
●新社長はクリアできるのか?
1-1 学歴は活水(かっすい)女子短大英文科卒
新社長になるのは鳥取三津子代表取締役。福岡県の出身です。学歴は長崎県の私立大学である活水(かっすい)女子短大英文科で偏差値は35くらい、地元では有名なお嬢様学校で、村上龍の小説にも登場するお洒落な短大です。鳥取さんは活水女子短大を卒業後、1985年に東亜国内航空に入社、その後、東亜国内航空は日本エアシステム(JAS)に社名を変更、2004年にJALと経営統合したことに伴い、鳥取さんもJALに入社しました。
1-2 CA出身の徹底した顧客サービスのプロ
CAを長く務めた鳥取さんは客室本部長などを経て、現在はグループCCO(最高顧客責任者)を務めています。よく知る人は「顧客サービスのプロ中のプロ」と評価していますし、本人も記者会見で「航空会社の根幹である安全とサービスの二つ。これが私のキャリアそのもの」と自己紹介しています。
1-3 ライバルはいなかったのか?
航空業界の雄であるJAL、人材は厚く社長候補は鳥取さん以外にもたくさんいました。なかでも有力だったのは2人でして、まず1人目は取締役専務執行役員の斎藤祐二氏でした。周囲からは「営業企画のエース」と評価され、2023年4月からはグループCFOを務めていましたので、「社長の椅子に最も近い人」と言われることも多かった人です。そしてもう1人が鳥取さんの社長就任会見にも同席した青木紀将常務です。総務本部長という要のポストにいるうえ、2022年では日本トランスオーシャン航空(JTA)の社長を務めていて経営を熟知しています。温厚で人望も厚くやはり有力な社長候補とみなされていました。
斎藤氏、青木氏を抑えての鳥取さんの社長就任はJALではこれまでない「女性」「CA出身」ということもあり「まさか」と驚いた人も少なくなかったようです。
2-1 政治家、官僚を制することができるのか?
JALの名誉会長の稲盛和夫氏はもともと全日空(ANA)派で国内出張はANAを使っていました。「JALが大嫌いだった」からです。理由は「客室乗務員もカウンターもマニュアル仕事。丁寧だが心がこもっていない。高学歴の幹部は自負心が強いくせに、政治家や官僚にはペコペコする」から。裏を返せば、稲盛氏が大嫌いになるほど自負心が強いJALですら「政治家や官僚にはペコペコ」しなければならないのです。
それは「ドル箱路線」である羽田空港発着枠の配分を国交省が管轄しているからです。ドル箱路線をどれくらい振り分けてもらえるかが、会社の経営にとっては重要なのです。そのために国交省と交渉し、その分野に強い「族議員」と呼ばれるような航空業界に精通した政治家ともやり取りをしていく必要があります。かなり厳しい折衝もこなしていく必要がありますが、それを「優しくて気配り上手」と言われる鳥取さんにやれるのか。稲盛氏も「JAL再生役を引き受けてほしい」と政治家や官僚から要請された時、「法的整理しケジメをつけることが条件」と一歩も譲りませんでした。稲盛流のタフ・ネゴシエーションが鳥取さんにできるのか、注目です。
2-2 現場目線のコストカット、徹底できるか?
「この弁当なんぼや?」。JALの名誉会長になった稲盛氏は昼食を伴う会議でよくこんな質問をしました。会社更生法の適用を申請し、債権者に借金の棒引きをお願いしておきながら、当の自分たちが豪華な弁当を食べているわけにはいかない、という思いがそこにはあったのです。稲盛氏が創業した京セラでは会社が支給している鉛筆がちびてなくなると、わざわざその古い鉛筆を持って行かないと、新しい鉛筆がもらえないというシステムがありました。鉛筆の件はほんの一例ですが、稲盛氏はそれくらいコストカットを徹底的にやりました。鳥取さんはそれを引き継げるでしょうか。
2-3 アメーバ経営は浸透したか?
京セラには有名な「アメーバ経営」というものがあります。組織を局から部、部から課へと細分化してそれぞれの組織の収益性を割り出していくというもので、最後は一人一人の集積性まではじき出す、凄まじい経営効率化の考えがそこにあります。なかにはその考え方について行けず、ヘトヘトになって会社を辞めてしまう若手も多いのですが、かつて官僚や政治家を接待づけにすることが仕事とされた貴族文化のJALには再生のための良い薬となりました。
アメーバ経営が象徴する稲盛氏が持ち込んだ経営効率化をいかに根付かせていくか、鳥取さんは問われることになります。最近ではJALの機内でCAが紙コップを使わないで済むよう自分で水筒を持ち込んで水を飲んでいる姿を目にすることがありますが、そういった地道なコストカットを続けていく路線を鳥取さんは求められています。
2-4 JALは成長路線に乗れるか?
鳥取さんを社長に指名した現社長の赤坂祐二氏は整備士出身で話題となりましたが、2014年から子会社のJALエンジニアリングの社長を務めた経験がありました。鳥取さんは現在、ボードメンバーですから経営の第一線にいることは間違いないのですが、これまで一人で経営した経験が全くありません。赤坂氏は鳥取さんを社長に選任した理由を「お客さま視点を持ちながら社員の力を最大限に引き出し、新しい時代のリーダーとしてJALグループの企業価値を持続的に高めていくことができる人材と考えている」と説明しましたが、簡単ではありません。当面は赤坂氏が会長として経営に目配りをし、斎藤氏や青木氏が実務をサポートするというのが、現実的な路線でしょう。そうまでして鳥取さんを社長にしたかったJALの狙いはどこにあるのか。「女性、CA出身」という新機軸で会社を思い切ってチェンジしたい気持ちが強かったことだけは事実ですが、大切なのは会社が今後、どう成長していくか、でしょう。稲盛氏も斬新で挑戦することが好きな経営者でしたが、奇をてらうことは嫌いました。鳥取さんの起用が成功だったか、失敗だったか、それは結局、会社の業績がどうなるか、ということにかかっていると言えるでしょう。経営は数字です。
3-1 ライバルANAを制しフラッグシップ企業のプライド取り戻せるか
2010年の会社更生法の後遺症がまだ残っていたこともあってコロナ禍の前、JALの売上高はライバルであるANAホールディングスに圧倒されていました。営業利益率はJALのほうがANAよりも高い水準にあったのですが、それもコロナ禍を経て両社ともに黒字化した2022年度からは、ANAに抜かれてしまいました。赤坂氏によると「貨物で稼ぎ負けた」(2022年度の決算会見)が理由で、海上物流でコンテナ不足が発生、混乱が生じたところで貨物事業に強いANAが業績を優位に回復させたということなのですが、「それならJALは今後どうするのか」を徹底的に検討していく必要があります。
なんといってもJALは日本を代表するフラッグシップ企業。世界から一目おかれる品格を持ちながら安定期に成長を続けていってほしいものです。鳥取さんはその重要な役割を任されました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
まとめ
●JAL、新社長の鳥取三津子さんは福岡県の出身で長崎県の私立大学である活水(かっすい)女子短大英文科卒
●鳥取さんの宿題は3つ――①国交省、族議員とのタフなネゴシエート、②京セラのアメーバ経営に象徴される血の出るコストカットの継続、③ANAをしのぐ業績の回復
●気配り上手の鳥取さん、使命は日本を代表するプライドあるJAL再生