関ジャニ∞の横山裕さんは、明るく天然なキャラクターで多くのファンに愛されています。
しかしその裏には、壮絶な生い立ちと弟たちを支えるための過酷な生活がありました。
今回は、横山裕さんが弟を税理士に育てた理由や建設会社での苦労、弟たちとの関係まで詳しく紹介します。
横山裕の弟は税理士?
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— 小学館 Oggi (@oggi_jp) July 23, 2025
テレビでは明るく楽しい横山裕さん。
しかし、生い立ちは本当に壮絶です。
横山裕には2人の弟
横山裕さんには2人の弟がいます。
しかし、この2人の弟たちは横山裕さんとはお父さんが違います。
横山裕さんのお母さんは、横山裕さんが3歳の時に離婚し、その後に再婚しました。
弟たちは横山裕さんのお母さんが再婚した男性との間に生まれた子どもです。
ですので、母親は横山裕さんと弟たちは一緒なんですが、父親は横山裕さんとは弟たちは別々です。
それでも、そんな弟たちを横山裕さん一生懸命に可愛がりました。
横山裕さんのすぐ下の弟は6歳年下で勤(つとむ)さん、さらに次の弟は8歳下で充(みつる)さんといいました。
横山裕は「家族4人で5畳で暮らした」
横山裕さんの生活の厳しさは母親が再婚した後も続きました。
母親と再婚相手の男性はしばらく一緒に暮らしたのですが、結局、別れてしまいます。
理由は母親の癌が発覚したことでした。
母親と横山裕さん、そして新しく生まれ2人の弟は取り残され、仕方なく4人で暮らすことになりました。
横山裕さんは「家族4人で5畳で暮らしていた」と語っています。
そして次男と三男は、母親が癌だと分かってしばらくすると児童養護施設に預けられることになりました。
母親と義父が分かれてしまったので、長男の横山裕さんが父親代わりとして弟たちの面倒をみてきました。
しかし、2010年に母親が虚血性心疾患により急逝すると、すぐ下の弟はその2週間後にショックで記憶喪失になってしまったといいます。
亡くなった時、お母さんは50歳でした。
横山裕さんは29歳でしたが挫けずに、弟たちの面倒を見続けました。
弟を税理士にするために横山裕が学費を全額負担
横山裕さんの頑張りのおかげ一番下の弟は税理士になりました。
1年留年したものの、京都産業大学から法政大学会計大学院を卒業後、見事税理士になっています(女性自身2023年2月)。
その間の学費は横山裕さんが全額負担しました。
ただ、弟もすんなり税理士の試験に合格してわけではなく何度か落ちたようです。
こっちが気持ちよく酔っぱらっている時に「お兄ちゃん落ちたからお金ほしいねんけど…」って上手いタイミングで言うてくきよるんです(笑)。俺が機嫌悪い時は絶対せがんでこないんです。
引用:「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」
税理士の試験に落ちても、三男の充さんもくじけず、がんばりました。
・毎日深夜0時まで勉強
・朝6時前に起床して弁当づくり
・大学と税理士予備校のダブルスクール
・ガソリンスタンでアルバイト
そしてついに税理士の試験に合格しました。
その時のうれしさをこんなふうに語っています。
初任給でめっちゃ高い寿司をおごってもらいました。回ってないやつ。泣きそうになりました。
2022年8月に東京・港に「横山充税理士事務所」を開設しました。
横山裕さん自身は建設会社で働き、過酷な労働しながら「弟たちには苦労せずに安定した生活を送ってほしい」と税理士の資格をとるまで必死に頑張りました。
税理士は難関資格であり、安定した収入と社会的信頼を得られる職業なのでどうしても合格して欲しかったといいます。
横山さんは弟たちの未来をしっかり守るため、学費や生活費を支え、資格取得という明確な目標を与えたのでした。
税理士の資格試験は超難関?
税理士の試験は司法試験ほどではないですが、超難関です。
それでも横山裕さんは弟は絶対に合格すると信じて学費や生活費を負担し、勉強できる環境を整えました。
税理士試験は国家資格の中でもトップクラスの難関で、合格率はわずか10パーセント前後です。
5科目に合格するまでに平均で7年から10年ほどかかるのが普通です。
それでも横山裕さんは3男を応援し続けました。
税理士の仕事は独立開業も可能で、平均年収は600万円から800万円、場合によっては1000万円以上の高収入も期待できます。
弟がこの道を進むことができたのは、兄として横山さんが支え続けたからこそなのです。
横山裕は中卒で働き学費を全面支援!
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横山裕の厳しい生い立ちと家庭事情
横山裕さんは大阪市で生まれました。
両親の離婚後、母親が再婚して義理の弟たちが生まれました。
しかし義父との関係は非常に難しく、横山裕さんは「暴力を振るわれたこともあった」といいます。
横山裕さんは家庭内で孤立感を感じることも少なくありませんでした。
幼い頃から「義父を『お父さん』と呼べない」という心の葛藤を抱え、義父のことを「横山のおっさん」と呼び、家庭の中で自分の居場所を探す日々が続きました。
母親の再婚後も精神的にも経済的にも苦しい状態が続きました。
横山裕はなぜ弟を支えなければならなかったのか
横山裕さんは、義父との距離感や母親の死という状況の中で、自ら弟たちの生活を守る責任を背負いました。
横山裕さんは母親が急逝した際、「弟たちが一人前になるまで絶対に俺が面倒を見る」(Smart FLASH)と自ら宣言したといいます。
父親が違うとはいえ、弟たちの将来を守ることが最優先であり、兄としての役割を果たす決意を固めていました。
建設会社での過酷な仕事をやりぬいた横山裕
中学卒業後、義父から高校進学を拒否されたこともあって、横山裕さんは地元の建設会社で働き始めました。
建設現場に着くのは朝7時頃で、夕方5時頃まで長時間の労働が毎日、続きます。
仕事内容は足場を組むことや資材を運ぶこと、鉄骨の持ち運びなど、すべてが体力勝負でした。
夏は炎天下で汗だくになり、冬は凍える寒さの中で作業を続けました。
手は豆だらけになり、体は疲労困憊です。
それでも横山さんは弱音を吐かず、「弟たちを守るため」と耐え抜きました。
横山裕は建設作業員と芸能活動を必死に両立させた
横山裕は昼は建設会社で体を酷使して働き、疲れ切った夜もジャニーズのレッスンやオーディションに参加しました。
睡眠時間は数時間しか取れず、体力的にも精神的にも限界に近い生活を続けました。
それでも横山さんは弟たちの学費や生活費を支え続け、大学進学の夢を叶える手助けをしました。
血のつながらない弟たちであっても、家族としての愛情は変わらなかったのです。
兄弟の未来を切り開いた横山裕の努力
SUPER EIGHT
— 真弓校長✨ワクワク四柱推命®︎ (@mayuichi103) July 31, 2025
横山裕さん(44)
チャリティーランナー決定
芸能界は複雑な家庭環境で
育った方が多い印象
元気に見えても幼少期から今も
お金•恋愛•生きることについて
苦悩している命式
グレてもおかしくないほど苦労人https://t.co/45AIuB7UyL https://t.co/5ycOQ5vNru pic.twitter.com/VVYW2U61Wn
弟たちの進学と職業
横山さんの支えのおかげで、弟たちは大学に進学することができました。
三男は税理士を目指して資格取得に挑戦し続けることができ、おかげで難関資格に挑む環境を整えてもらえました。
税理士試験の合格は横山さんの尽力なしには考えられません。
父親は違っても横山裕さんと弟たちの絆は非常に強く、弟たちは「兄のおかげで今の自分がある」と公に語ることもあります。
次男(勤)の結婚式の費用を横山裕が負担
横山裕は三男の充さんだけでなく、次男の勤さんも可愛がり支援しています。
例えば、勤さんの結婚式の費用は全額、横山裕さんが負担しました。
可愛い弟の結婚式は横山裕さん、とても楽しみにしていたんだそうです。
あとで「とっても嬉しかった」と話しています。
横山裕の苦労は現在に活きる
建設会社での過酷な労働と弟たちを支える経験は、芸能活動にも大きく活かされています。
関ジャニ∞としての成功だけでなく、バラエティやドラマでの活躍も、こうした忍耐力と責任感があったからこそと言えるでしょう。
まとめ
横山裕さんは、血のつながらない弟たちのために中卒で建設会社に就職し、過酷な労働に耐えながら弟たちの学費を支えてきました。
義父を「お父さん」と呼べない複雑な家庭事情や、母親の死による責任の重さも抱えながら、それでも弟たちの将来を応援し続けました。
弟が税理士という難関資格に挑めたのは、横山さんが安定した未来を提供したいという強い思いがあったからです。
税理士は難関資格であり、合格後は年収600万円から1000万円以上も期待できる職業です。
華やかな芸能界での成功の裏にある、横山裕さんの努力と家族への深い愛情は、まさに「苦労人」と呼ぶにふさわしい人生を象徴しています。
