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小芝風花は実家が金持ちでお嬢様?両親の職業や兄弟も徹底調査!

小芝風花の実家は金持ち?兄弟についても徹底調査!

小芝風花(こしば・ふうか)さん(28)。

2024年にはエランドール賞を受賞しました。

2025年はNHKの大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」にも出演、主演の横浜流星さんとの息もピッタリですよね。

評判は上々です。

そんな小芝風花さん。

ご両親や兄弟はいったいどんな方なんでしょうか。

実家はどこでお金持ちなんでしょうか。

小芝風花の両親や兄弟は?実家はどこで金持ちなのかも徹底調査します。

目次

小芝風花は実家が金持ちでお嬢様?


小芝風花さん、見た目は優し気な女性です。

「育ちの良いお嬢様」って思わせますよね。

でも、本当は凄い苦労人で頑張り屋なんです

決して実家はお金持ちではありません。

小芝風花の実家は大阪府堺市

小芝風花さんの出身は大阪府堺市です。

恐らく今池町付近ですね。

東京に転校する前までは大阪府の浅香山中学校に通っていました。

大阪府堺市立の公立中学校ですからお嬢様学校というわけではありません。

母子家庭ですし、実家は決してお金持ちではなかったはずです。

小芝風香さん自身「自分は大阪出身なんで節約志向」だと語っています。

苦労も分かっていますし、とっても親しみやすい性格なんじゃないでしょうか。

小芝風花の両親はこどもの頃に離婚し母子家庭?

ご両親は小芝風花さんが小学生の頃、離婚されました。

それ以来、小芝風花さんは母子家庭で育ちます。

お金持ちではありません。

小芝風花の両親はなぜ離婚

離婚理由は明らかにされていません

ただ、問題は父親の生活態度にあった可能性が高いですね。

少なくとも、小芝風花さんはテレビ番組で「家系的に男運がない」と発言していますから、問題は父親の方にあったと考えているのではないでしょうか。

小芝風花の母親は美容師として3人姉妹を育てる

3人の姉妹を育ててくれた母親は美容師です。

とっても気さくで、近所の評判も良かったようです。

ただ、小芝風花さんと性格は似ていて、仕事では絶対に手を抜かない人なんでそうです。

雰囲気が良くて、腕もしっかりしている美容師さんだったようです。

離婚後は母親が小芝風花を厳しく躾(しつけ)

小芝風花さんも苦労も多かったでしょう。

しかし、そんな苦労に打ち勝つよう、母親が厳しく教育されたようです。

母親は小芝風花さんに3つの言葉を贈り、小芝風花さんも常にそれを言い聞かせてきたといいます。

・夢に向かって努力すること
・夢をあきらめないこと
・成功した自分を想像すること

この3つの言葉は常に小芝風花さんの背中を押し続けました。

そんな教育もあって、小芝風花さんはとっても謙虚な人柄なんだそうです。

それでいて芯はとっても強い。

一緒に仕事をした演出家の先生も「小芝風花さんは『女優として頑張らないと』といつも頑張っていました」と証言しています。

夢をあきらめず、成功した自分を想像しながら努力を続けていました。

この強い姿勢で小芝風花さんは、これまでの人生を生き抜いてきたんでしょうね。

習い事はクラシックバレエに器械体操などしっかり

小芝風花さんは母子家庭で育ちました。

裕福ではなかったのは事実ですが、習い事はしっかりさせてもらっています。

幼い頃はまずクラシックバレエ、そして器械体操、空手など様々な習い事をさせてもらいました。

でも、そんななか最後に選択したのがフィギュアスケートでした。

なぜ、フィギアスケートだったのか。

理由は「もっともハードだったから」なんです。

小芝風花さんの人柄が出てますよね。

小芝風花さんってそういう人なんです。

フィギアスケートではプロを目指すほど徹底!

フィギアスケートの練習は本当に厳しかったようです。

毎朝5時頃に起床し、まず練習します。

それから登校するんです。

学校が終わるとまた練習です。

毎日夜8時頃まで練習していたんだそうです。

お正月も休みはありませんでした。

フィギアスケートの大会の衣装はできるだけお金がかからないよう既製服ではなく母親が作ってくれた衣装で出場しました。

お母さんも一生懸命、衣装を縫ってくれて全面的にサポートしてくれたそうですよ。

小芝風花さん自身の努力とお母さんやコーチなど周囲のサポートのおかげでスケートの才能も開花しました。

2010年には西日本小中学生大会で8位、2011年の第15回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会ではアイスダンスに出場し、1位に輝きました。

フィギュアスケートの全国有望新人発掘合宿「野辺山合宿」にも参加していたといいます。

フィギアスケートのプロ目前で挫折(ざせつ)

しかし、「このままプロに」というところでケガが続きます。

ここで小芝風花さんの人生がいったんと停止します。

ところが、そんな時、オスカープロモーションのオーディション「ガールズオーディション2011」の話が舞い込んできたのです。

2011年でした。

小芝風花さんはオーディションに挑戦し見事、グランプを受賞しました。

これをきっかけに大きく方向を転換、フィギアスケートを断念し芸能界に進む道を選択しました。

そしてグランプリを受賞した翌年の2012年にはドラマ「息もできない夏」(フジテレビ)の出演が決まり、女優デビューを果たしました。

良かったですね。

フィギアスケートでは荒川静香さんに憧れ、プロを目指していましたが残念ながらこの夢はかないませんでした。

それでも挫けずに、思い切って芸能界に転身を図ったことで次の人生の展開が見えてきたんですね。

小芝風花さんが中学2年生の時のことでした。

中学校も浅香山中学校から日出中学校(現在は目黒日本大学中学校)に転校し、高校も同じ系列の日出高校(現在は目黒日本大学高等学校)にある芸能コースへ進学しました。

小芝風花の両親や兄弟も徹底調査!

小芝風花さんがここまでやってこれた背景には父親の力もあります。

離婚した父親が小芝風花さんを支援

小芝風花さんが、これだけの習い事をすることができたのはお母さんの力もありますが、父親の支援があったからでもあるんです。

とりわけフィギアスケートは最低でも年間300万円のお金がかかります。

母子家庭でなくても一般家庭では、なかなか負担しきれない金額です。

離婚はしたものの教育資金については父親も応援してくれたんですね。

小芝風花さんのお父さんは現在、上海で料理店を経営しています。

お父さんはとにかく小芝風花さんが可愛いようです。

インタビューではこんなふうに答えています。

僕、ずっと商売をやってきて。
娘の上京後、上海に渡りましたが、入ってきた情報は全部見てます
中国って、日本のテレビでドラマやバラエティが流れたらすぐ海賊版みたいなのが入ってくるんです。
「魔女の宅急便」の時は昔の面影もあったけど、段々と演じる役柄も大人になって違う人に見えますよね。
でもスケートであれだけ厳しい練習をやっていたから、何やってもできると思います。

引用:Instagram

上海のお店には親子で撮った写真や小芝風花さんが出演した映画のポスターなどがたくさん貼ってあるそうです。

小芝風花の父親は中国人?

小芝風花さんの父親が上海でラーメン店を経営していることから、父親は「中国人?」という噂があります。

もし事実なら小芝風花さんはハーフということになります。

しかし、調査の結果、小芝風花さんの父親は日本人であることが分かりました。

「小芝」という苗字も使っていますし、お店ではラーメンのほかに焼き鳥や唐揚げなど日本料理も出しています。

したがって、小芝風花さんはハーフではありません

小芝風花の兄弟は?

小芝風花さんにはお姉さんと妹が一人ずついます。

3人姉妹なんですね。

小芝風花さんはその真ん中なんです。

姉妹の仲はとってもいい

お姉さんはユミさんといいます。

芸能界デビューの背中を押してくれた人物なんだそうです。

そして5才年下の妹はユメカさんです。

バレンタインにお菓子を贈りあったり、頻繁にプレゼント交換もしているそうです。

3人姉妹仲がとても良いそうです。

お互い助け合いながら成長していったんですね。

そんな姉妹の団結もあって母子家庭ならではの苦労も多かったでしょうが、小芝風花さんは苦労や悲壮感を全然感じさせません。

それが現在の爽やかさにつながっているんですね。

血のにじむ努力で芸能界で這い上がった小芝風花

決して裕福ではなかった小芝風花さん。

でも挫けずフィギアスケートでがんばったように芸能界でも懸命に努力を続けました。

大阪弁を努力で習得

小芝風花さんが大阪で過ごしたのは中学校まで。

それ以降は東京でしたので、大阪弁が全く分からないわけではないのですが、完璧ではありません。

ですのでNHKの朝ドラ「あさが来た」では、結構、言葉に苦労したようです。

NHKの朝ドラ「あさが来た」で小芝風花さんが演じることになったのは大阪の商家のお嬢様。

千代という役柄だったのですが、大阪弁は完璧でなかったうえに、商家のお嬢様という上流階級の言葉だったので、あまり馴染(なじみ)がなかったようです。

それでも小芝風花さんは役柄を全うするために徹底的に大阪弁の練習に取り組みました。

単にイントネーションを真似るだけでなく、時代背景や登場人物の感情に合わせて自然な大阪弁を話せるようになるため、専門の指導者から特別レッスンを受けました。

自分の大阪弁を録音し音声を聞き込み、実際に大阪出身のスタッフとも会話しました。

撮影期間中も常に大阪弁の先生に質問し、細かなニュアンスまで確認していたそうです。

方言指導の先生からは「飲み込みが早く、努力を惜しまない」と評価されました。

 「あさが来た」では関西弁だけでなく演技も素晴らしかったですね。

最終回で成長した千代が母親であるあさ(波瑠さん)に感謝の言葉を述べるシーンは、多くの視聴者の涙を誘いました。

小芝風花さんは、役柄の少女時代から成長していく過程を丁寧に演じきり、最終回での感情的なシーンでは、言葉だけでなく表情全体で感謝の気持ちを表現しました。

撮影後、波瑠さんと抱き合って涙を流したというエピソードからも、役柄への深い感情移入が伺えます。

小芝風花のアドリブ力は意外に高い

ホラーコメディである「妖怪シェアハウス」では、台本に書かれていないアドリブの演技も求められる場面がありました。

小芝風花さんは、監督や共演者と積極的にコミュニケーションを取り、役柄の性格や状況を深く理解したうえで、セリフや動きに挑戦しました。

とくに妖怪たちとのコミカルな、かけ合いでは共演者のアドリブにすぐに対応し、面白いリアクションを見せました。

例えば小芝風花さん演じる目黒澪が、妖怪たちに翻弄されるシーンは、彼女のコメディセンスが光る場面でした。

とくに、驚きのあまり見せる白目や、オーバーリアクションとも言えるコミカルな動きは、台本に細かく書かれていたわけではなく、小芝さん自身が試行錯誤しながら生み出した表現だそうです。

共演者も彼女の振り切った演技に笑いを堪えきれなかったというエピソードが残っています。

現場での柔軟な対応力はフィギアスケート時代に磨いた俊敏な判断力がモノをいうのでしょうね。

監督からも「予想外の面白い芝居をしてくれる」と評され、彼女のアドリブが作品の面白さを引き出す要素の一つとなりました。

 

美しい所作

大河ドラマ「麒麟がくる」では主人公の娘である駒役を演じました。

この役柄では戦国時代の女性らしい立ち居振る舞いや所作が求められました。

小芝風花さんは、専門講師から歩き方、座り方、物の扱い方など、細部にわたる指導を受けました。

時代劇ならではの独特な言葉遣いについても、発音やイントネーションだけでなく、言葉の持つ意味合いや背景まで深く勉強したそうです。

撮影期間中も常に所作を意識し、休憩時間にも自主的に練習を重ねるなどとにかく勉強家なんです。

 

妖艶(ようえん)さも身に着ける

「セカンド・ラブ」では小芝風花さん演じる高校生の琴子が、深田恭子さん演じる教師の結唯に対して、恋人の圭(亀梨和也さん)を巡って挑発的な態度を取るシーンがあります。

このシーンがすごいんです。

小芝風花さんは、ただ言葉で挑発するだけでなく、相手を射抜くような強い視線や、自信に満ちた表情で琴子の内面の強さを表現しました。

これまで明るい役柄が多かった小芝風花さんですが「あれっ!こんな役もできるんだ」と新たな一面を見せる挑戦的な演技として注目されました。

小芝風花の実家は金持ち?兄弟についても徹底調査!

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著者情報

ニックネームはハチマキめがね 。下水道の清掃員、マンホールから地下にもぐり数百匹のゴキブリとウンチまみれのドブねずみと対決→生鮮市場 でサンマやイワシなど小魚を売る。毎日、ギャング集団のマグロチームに追い立てられ少し弱り気味。市場の新鮮な旬の魚で一杯やるのが何よりの楽しみです。ド底辺の世界から世間をながめ、気になる話題を独自の切り口で語ってみました。「満月」のように太陽の光を浴びて夜道をやわらかく照らすような存在でありたいと思います。よろしくお願いします!

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